健全経営、社会奉仕
 張炎東、彰化県和和美鎮頭前寮出身。1919年10月5日、貧しい農家に生まれました。幼い頃から聡明かつ勤勉で、日本統治時代に公立学校を卒業。優秀な成績で高等教育(現在の高等学校)を修了し、検定試験に合格して小学校の教師になりました。同僚はもちろん、生徒や保護者からも愛され、多くの英才を育成し、その功績が讃えられました。

ある日、偶然にも政府が警察官を募集していることを知った張炎東は、毅然と試験に申込・合格。その後、現地の派出所で刑事として勤務することになりました。余暇を利用しては、医療用ガーゼの製造研究に励んでいました。当時は最も原始的な漂白消毒という方法で製造。研究を続けていたところに、知り合いのつてで日本へ技術研修に行くチャンスを得ました。新しい製造方法を学び、帰国後も、試行錯誤を繰り返し、1947年に兄弟で出資して「日東工場」を設立。兄弟3人で協力しながら経営し、工場は規模を拡大していきました。分業を図るため、張炎東は新たに「豊富工場」を開設。「高品質」と「大量生産」で高い評価を受けました。豊富工場はその後、当時台湾最大の医療用ドレッシング材メーカーに成長。数年後、「中国衛生材料生産中心股份有限公司(CSD)を設立し、輸出業務を展開。生まれつき聡明で、台湾に根を下ろした経営を考えていた張炎東は、海外に目を向け、世界各地への輸出で大成功を収めました。

そして、自分のためだけでなく、誰かと経験を共有したいとの考えから「台湾区衛生材料同業工会」を発足し、自ら初代理事長に就任。資金を出資し、人力を尽くし、台湾の医療用品事業の持続的発展を願い、努力を重ねました。理事長職を4期務め、当時の経済部長(日本の経済産業省大臣に相当)から模範的なビジネスマンとして表彰されたこともあります。CSDは、創始者である張炎東の真心で医療産業を発展させるという精神に則り、さらなる品質とサービスの向上に努めています。
【健全経営 社会奉仕】当社の座右の銘。張炎東の精神はこれからも受け継がれてまいります。